• 創造力育む、</br>「余白ある」暮らし
装飾 装飾 装飾 装飾 装飾 装飾 装飾
  • interview
  • interview
  • interview
  • interview

天谷 浩彰(あまや ひろあき)さん
渡部 幸恵(わたべ ゆきえ)さん

創造力育む、
「余白ある」暮らし

塩谷町の中心部から、やや北部にある自然豊かな熊ノ草地区。
天谷浩彰さんと渡部幸恵さんは、2022年2月に神奈川県藤沢市からこの地へ移住した。
移住前はそれぞれ川崎市と都内へ通勤し、忙しく動きまわる生活だったが、今は自然のリズムにあわせた暮らしを営む。

「家族と動物たちが豊かに暮らせる”楽園”」をつくる。この構想が暮らしの中心。
そのために、田んぼや畑を耕し、必要なものは自分たちでつくる。
「田舎にはないものが多い」そう考えられがちだが、お二人いわく「塩谷町にはすべてが揃っている」とのこと。挑戦できる環境や素材、サポートしてくれる周りの方々……。
自分たちで何かをつくりたい、そんな人にはぴったりな環境だ。

思い描く理想の暮らしに向けて、一つずつ丁寧に積み重ねるお二人に、移住の経緯や暮らしの様子などを伺った。

STORY

「ゆっくりできる」
その本当の意味を理解した

移住前、職場の関係で、塩谷町が持続可能なまち「オーガニックビレッジ」を目指していくという話を聞き、約30名とともに塩谷町に足を運んだ。
訪れたのは冬。どうしてもいきいきとした印象は受けない。

「正直、第一印象としてはピンと来ませんでしたね」と浩彰さん。

同じく視察に来ていた元同僚で友人のともちゃんが塩谷町に移住したのは、視察からわずか2、3ヶ月後のことだった。ともちゃんが移住したことで、浩彰さんと幸恵さんのお二人は月に1回ほど塩谷町に遊びに行くようになり、まちへの印象も徐々に変わっていった。

人の数や時の流れ。体がついていけないほどに、塩谷町と首都圏ではまったく異なっていた。
「ゆっくりできるとは、こういうことか」塩谷町での滞在中、その意味を感覚的に味わった時、塩谷町への移住は着実に近づいていた。

塩谷町の好きな風景、自宅周辺の好きな風景

そもそもお二人には「家族と動物たちがゆったりと豊かに暮らせる”楽園”をつくる」という構想があった。周りが木々に囲まれた野球場ひとつ分ほどの土地。畑や田んぼもあって、動物たちが自由に走り回れるような……。そんな舞台を求めていた。
長野県の安曇野市や伊那市、南箕輪村なども訪ねたが、まちの雰囲気、そして人のおもしろさに惹かれたのが塩谷町だった。

「都内の大学に在学中にバックパッカーとして旅をして、タイで働く予定だったんですが、コロナの影響で塩谷町にUターンしたけいちゃんという若者がいて。彼からまちづくりへの想いを聞いて、『こういうことを考えている若者が住む塩谷町はおもしろくなるな』そんな直感がありましたね」と浩彰さん。

まちづくりに取り組む若者との出会いもあり、塩谷町への移住を決めた。

懐に飛び込めば、
あっという間に心が通う

まちづくりについて熱く語ってくれたけいちゃん、「竹細工をやってみたいな」という幸恵さんの一言で竹を切り、竹細工を教えてくれた友人宅の大家さん。

「気持ちの通い方が早いっていうんですかね……。みんなあったかいし、人懐っこい。スピーディにコトが進むというか」

新しい土地、特に田舎での移住生活。人付き合いがうまくいくのかと心配する方も多いだろう。

「最初は不安もありましたよ。でも、自分たちがよそ者である以上、自分から距離を詰めていかないと、というのは思っていて。自分から声を掛けずに仲良くしてもらおうなんて、そんな美味しい話はないですからね。自分から行動して関係性を築いていく。あとは、『自分がやるべきことを、ちゃんとやる』。結構、見てくれているので」

浩彰さんは続ける。

「移住者として見られるし、自分から行動しないといけないし、移住するにあたって自分なりの軸がしっかりしていないと、苦労するかもしれないです。暮らしが全然違うので、当たり前ではありますよね」

浩彰さんの言葉は、田舎暮らしを検討している方にぜひ知ってほしい、リアルな声だ。

地元の人と楽しく会話されている様子

自ら行動を起こしたお二人は、友人に驚かれるほど、あっという間に地元の方とのつながりができたという。地元の方と、年代に関係なく、一緒にお酒を飲むこともある。“はじめまして”の時には、知り合いを通して、相手とつながるようにしているそうだ。

「人との直接的なコミュニケーションが、都会よりも頻度・重要度ともに高いのかもしれないですね」と幸恵さんが教えてくれた。

「栃木県の中でも、塩谷町の知名度は低いかもしれないですが、だからこそいいと思います。刺さる人にだけ刺さる、隠れた魅力に溢れるまちです」

口を揃えて言ったお二人の言葉がとても印象的だった。

手づくりの結婚式を自宅で

2023年5月、自宅で結婚式を挙げた。
「この集落に根を下して暮らしていこう」移住後に二人でそう再確認したことが決め手だった。

結婚式の様子

「集う」をコンセプトに、円を描くように形作られた畑に、大好きな家族や仲間が集う。近い未来に実現させたい「馬のいる暮らし」をちょっぴり先にお披露目するように、幸恵さんが馬に乗って登場する。手づくりの草冠を互いに授けあう……。

自分たちでアイデアを出しあいながら計画を立て、仲間の協力も得ながら、一つずつ準備を進めた。「馬のいる暮らし」を見せてくれたサラブレットのグランデくんは、地元牧場・UMAyaカントリーファームのゆうきさんとみおさんのご厚意もあり、馬運車で運ばれてきた。
結婚式をやると決めてからの50日間は、怒涛で濃密で豊かな時間だった。

地元の人と楽しく会話されている様子

結婚式の中で、お二人独自のアイディアのパートがあったそうだ。題して、祝婚の宴。
参列された方について、お二人との関係性を赤裸々に語り、紹介された方からも言葉をもらう。これを、参列者全員に対して行った。

笑いあり、涙あり。当初2時間の予定が4時間に延びるほど、想いに満ち溢れていた。あっという間に陽は傾き、あたたかい西日がみんなの笑顔を照らし出す。
18時を知らせる音楽がまちに鳴り響くと同時に、祝宴の宴も幕を閉じた。

結婚式の様子

結婚式に参列した浩彰さんのご両親は、祝婚の宴でのやり取りを見て聞いて、友人との関係性やあり方など、普段目にしない浩彰さんの姿に、見え方が180度変わったのだとか。
浩彰さんのご実家がある藤沢市から塩谷町に移住したことも、関係性が変わる一つのきっかけとなった。

結婚式の様子

「近くにいてほしい、という気持ちはあったでしょうが、今も隔週くらいで藤沢に帰っているので喜んでくれていますよ。幸恵と会えることも楽しみにしてくれています」と浩彰さん。

「浩彰のご両親には、実の両親と同じように言いたいことを言おうと決めていて。ぶつかったりできるのも生きているからこそだよねって感じられるようになった出来事もあり、どんどん関係性が濃くなっていると感じます」と幸恵さんも振り返った。

離れているからこそ分かることや見えるもの、伝えられることはあるのかもしれない。お二人の実体験がそう教えてくれた。

思いを形にできる場所で、
チャレンジの連続

結婚式を自宅で。これはお二人のその後の考え方にも大きな影響を与えた。
すべてを自分たち、仲間内、友人たちとで準備したからこそ、「自分たちで、自宅で、何でもできる」という考え方を得られたのだという。

そんな経験を糧に、結婚式ができるなら、と自宅で“えんがわらいぶ”と題する初ライブを開催した。ライブ後、参加者全員との語らいの時間には、地元のカフェ“風だより”のケーキや、“稲と珈琲”のコーヒーが振舞われた。
お二人の行動力とそれによって紡がれてきたつながりが、ライブというひとつのカタチになったのだった。

えんがわらいぶの様子

えんがわらいぶの様子

それ以外にも、塩谷町に移住後、たくさんのチャレンジを重ねている。……というより「チャレンジしかしていない」んだとか。

たとえば、米づくり。都会であれば、何をどうやって始めればいいのか見当もつかない。
お二人が米づくりを始めたきっかけが、「近所の農家さんに挨拶した時に『うちの田んぼを2枚使っていいよ』と言われた」ことだというから驚きだ。都会では決してありえないシチュエーションである。

米づくり

田んぼ2枚、二人ではとうてい作業しきれないからと友人に声をかけ、友人から友人へと広がり、イベントという形で稲刈りを行った。昔ながらの手植え、手刈り。曲げた腰の痛みをはるかに上回る、ワクワクとドキドキがあったに違いない。
自ら働きかけるお二人。ここでもつながりが広がっていく。

稲刈りイベント

稲刈りイベント

稲刈りイベント

古民家の古材や廃材をいただき、移住後に飼い始めたヤギの“はなちゃん”の小屋も自作した。

「やればできる。それは移住前も頭では理解していましたが、塩谷町ではすべてが揃っていて、本当にチャレンジできる環境があるなと感じます。『あ、本当にできるんだな』と感じることがどんどんと出てきていますよ」と浩彰さん。

都会に行けば確かに何でもモノが揃っているが、ここには環境や素材、そして余白がたっぷりとある。
思いを形にできる、創造力を育んでくれる土地なのだ。

小屋づくり

お二人のこれからと、
塩谷町のこれから

移住前、浩彰さんは川崎市へ、幸恵さんは都内に通勤しており、帰宅は19時、20時頃になるというのが当たり前だった。今はリモートワークや畑仕事を中心に、自然のサイクルに合わせたリズムで生活を送る。

食卓には自分たちで種を蒔き、成長を見守ってきた、採れたての食材が並ぶ。スーパーで買うものよりも、味が濃く、野菜の個性を感じられる。ほうれん草が実は甘かったり、包丁で切ったきゅうりの断面から水分がにじみ出るのを目の当たりにしたり。さつまいもの収穫時期には、暖を取るストーブでつくったふかし芋が、朝食やリモートワーク中のおやつにもなった。

育てた野菜の写真

「日々のご飯が一番美味しい」

幸恵さんのその言葉には、毎日の暮らしへの満足感があふれていた。

2024年4月には、一日一組限定のプライベートキャンプ場もオープン予定だ。
お二人の自給農園“にゃす”で育った採れたて野菜を味わったり、ヤギのはなちゃんと触れ合ったり、焚火を囲んで語り合ったり……。
塩谷町で暮らすように泊まり、静けさと動物の息吹を味わえるキャンプ場だ。

「演出ではなく、私たちの暮らしのリアルを一緒に体験していただく、そんな場所です。『あっ、こんな暮らしもありだな』と、キャンプ場で過ごした時間によって人生の新しい選択肢が生まれたらうれしいです。」

お二人がこれから望むこととは―。

「私たちのように家族で土地を耕し、環境も生き方もデザインされる方が増えてほしいと思っています。その舞台として塩谷町を選んでいただけると一番うれしいですが、栃木県のほかの市町でも構いません。仕事も大切ですが、それ以上に家族が豊かであること、何気ない日常の幸せを感じられることの方が重要で大切なことだと考えています」

移住を機にお二人の生活は大きく変化したが、お二人の存在は周囲に、そして塩谷町にも影響を与えていそうだ。

お二人が移住した時期は、塩谷町がまちづくりに、より力を入れ始めたタイミングでもあった。移住・定住支援サイト「塩谷ぴーす」を開設し、近々移住コーディネーターも設置される予定である。

「まちも、自分たちも、まさに変化の中にいると感じます。変わり始めた今だからこそ、塩谷町はこの先5年、10年が一番おもしろい時期でしょうね」

お二人の楽園づくりは、着実に根を張りめぐらし、苗木から若木へとバージョンアップしているようだ。
創造力が沸き立つこの土地で、まちをも巻き込みながら、楽園づくりを進めていく。

PROFILE

創造力育む、</br>「余白ある」暮らし

天谷 浩彰(あまや ひろあき)さん
渡部 幸恵(わたべ ゆきえ)さん

コロナ禍を機に、神奈川県藤沢市より移住。幸恵さんは移住前と仕事を変えず、テレワークで勤めている。
豊かな自然に囲まれた土地で、ヤギの“はなちゃん”と黒猫の“くぅちゃん”と暮らす。藤沢市にも畑を借りており、塩谷町と藤沢市を隔週で行き来する二拠点生活だ。
日々の野菜はもちろん、結婚式も手作りで。何にでもチャレンジできる環境で、創造力を働かせながら、大好きなものに囲まれた楽園づくりに取り組んでいる。
浩彰さんInstagram
https://www.instagram.com/hiroakiamaya/
幸恵さんInstagram
https://www.instagram.com/yuki_yell/

OTHER interview他の先輩移住者の声を読む

魅力を再発見!<br>親子でのびのび高根沢ライフ

魅力を再発見!親子でのびのび高根沢ライフ

小野島 友紀さん・小野島 徹さん

東京から高根沢へ。 家族とともに始まった新しい暮らし 2024年9月、東京都内のマンションを手放し、栃木県高根沢町の実家へ移住した小野島友紀さん。 フリーランスのデザイナーとして活動しながら、夫でお笑い芸人の徹さん、4歳 […]

オーガニックで町につながりを

オーガニックで町につながりを

松原 努(まつばら つとむ)さん

有機農業との出会い 出身は三重県津市。小学校低学年の一時期を岐阜で過ごしたものの、それ以降は大学受験まで三重で育った松原さん。大学進学を機に東京へと上京し、一人暮らしを始めた。 有機農業を志すきっかけとなったのは、自身が […]

次世代の職人を育成し、<br>真岡を「いちごと技術」の街に

次世代の職人を育成し、真岡を「いちごと技術」の街に

戸頃 智浩(ところ ともひろ)さん

家族の縁が導いた、真岡での再出発 茨城県筑西市で生まれ育った戸頃さん。高校卒業後、海の美しさと富士山の姿に惹かれ、静岡県への移住を決意した。 「若いときの勢いでしたね。富士山には一度も登っていませんが(笑)」 静岡での暮 […]

楽しいことに<br>フルコミットする人生を通じて<br>地方の可能性を示したい

楽しいことにフルコミットする人生を通じて地方の可能性を示したい

四十万 直人(しじま なおと)さん

地域活性化を人生の主軸に 東京のIT企業に勤めていた頃の生活を、四十万さんは振り返った。 「仕事に追われる毎日で、休日のために生きているような生活が続いていました。ふと、このままでいいのかなと考えるようになりました」 そ […]

自分を救ってくれた<br />「心のふるさと」を<br />たくさんの人に届けたい

自分を救ってくれた「心のふるさと」をたくさんの人に届けたい

吉田 夏希(よしだ なつき)さん

苦しい状況の先に見つけた 地方移住という選択肢 コロナ禍という厳しい時期に就職した吉田さん。横浜市の実家から都内に通勤し、化粧品研究開発の仕事に携わっていたが、会社の業績悪化により転職を余儀なくされた。神奈川県内の化粧品 […]

Uターン起業で挑む、 <br>小さなまちの大いなる可能性<br>を引き出すまちづくり

Uターン起業で挑む、 小さなまちの大いなる可能性を引き出すまちづくり

高塚 桂太(こうつか けいた)さん

世界を見た末に選んだ、人口1万人のまち バックパッカーとして世界中を旅し、フィリピンへの1年間の交換留学を経験するなど、大学在学中、精力的に活動していた高塚さん。外務省管轄の独立行政法人に内定し、卒業後はタイで日本語教育 […]

暮らしも学びもつながりも。</br>すべてが詰まったジャム作り

暮らしも学びもつながりも。すべてが詰まったジャム作り

五十嵐 洋子(いがらし ようこ)さん

まるでヨーロッパのような、 ゆったりとした暮らし 義理のご両親の健康をサポートするため、野木町に移住した五十嵐さん。父親の仕事の関係で、子どもの頃から国内外さまざまな土地で生活してきたため、野木町は実に11ヶ所目の住まい […]

「地域おこし協力隊」という</br>選択肢で、人生の目標へ

「地域おこし協力隊」という選択肢で、人生の目標へ

武田 真悠香(たけだ まゆか)さん

自然と「住みたいな」と思っていた 京都府出身で、千葉県内の大学に進学した武田さん。 一見、栃木県とはなんの縁もなさそうな武田さんが那須烏山市に移住することになったのは、大学在学中に始めた長期アルバイトがきっかけだった。 […]

塩谷町について

塩谷町

栃木県の中央よりやや北部に位置する塩谷町。
鬼怒川温泉日光、那須・塩原温泉といった観光地に囲まれています。

北部には日光国立公園の一部である高原山(活火山)がそびえ、その中腹から名水「尚仁沢湧水」が流れ出ています。
一級河川である荒川と鬼怒川が町の東西を囲みながら南流しており、豊かな水と良質の土壌により古くから農業が盛んな地域です。

塩谷町の
移住体験プログラム

栃木県移住促進オーダーメイドツアー(移住促進コンシェルジュ) | オーダーメイド

栃木県移住促進オーダーメイドツアー(移住促進コンシェルジュ)

SUPPORT移住支援を知る

最大100万円+αの移住支援金をはじめ、さまざまな支援制度・補助金をご用意しています。
スムーズにとちぎ暮らしをスタートできるよう、また、移住後に後悔しないよう、
最新の情報をこまめにチェックするようにしましょう!

CONTACT移住について相談する

ちょっと話を聞いてみたいだけの人も、
本格的に移住を相談したい人も、どんな相談でもOKです!
お気軽にご相談ください!