家族の縁が導いた、真岡での再出発
茨城県筑西市で生まれ育った戸頃さん。高校卒業後、海の美しさと富士山の姿に惹かれ、静岡県への移住を決意した。
「若いときの勢いでしたね。富士山には一度も登っていませんが(笑)」
静岡での暮らしは自由で刺激的だったが、21歳のとき、母の病気をきっかけに大きな転機が訪れる。実家にほど近い栃木県真岡市(旧・二宮町)へ戻り、家業である有限会社田村工機に入社することになった。
「当時の自分は、都会的な便利さと自然のバランスがある場所が好きでした。そのため、茨城に戻ることには葛藤があって…。地元の魅力を見つけられずにいたんです」
そんな中、真岡市に空き家として残っていた母の実家の存在が移住を後押しした。結婚のタイミングも重なり、真岡で新たな生活をスタートすることに。
「家族の縁がなければ、真岡に来ることはなかったかもしれません。でも、この決断が今の自分をつくってくれたと思います。家族や友人からは意外だと驚かれましたが、応援してくれる人が多かったですね」
若さで飛び出した静岡での経験と、家族のつながりが引き寄せた真岡での再出発。その選択が、20年以上にわたる職人としての歩みと、地域への深い愛着へとつながっていく。

ゆったり流れる時間の中で見つけた、真岡の魅力
真岡市に移住してから、戸頃さんの暮らしは大きく変わった。家業の町工場で職人としての修業を始めてから、気づけば20年近くの年月が経った。
「職人って、どこからが一人前って言えるものでもないんです。ただ、日々技術に向き合っているうちに、家業や地域の可能性を感じるようになりました。」
真岡での暮らしは、都市部と比べて時間がゆっくりと流れる。そのおかげで、自分らしい働き方を実現できたと感じているそうだ。工場の経営や現場に立つだけでなく、カフェやアウトドアブランドの立ち上げなどの新しい挑戦にも取り組み、その一つひとつが喜びになっている。
自然に恵まれた真岡市で、子どもたちはのびのびと育ち、地域の人々との交流も日常に根づいている。
「真岡には工業団地があり、さまざまな人が移り住んでくることもあってか、新しい考えが受け入れられやすいと感じます。田舎かもしれないけれど、人は都会的で、移住者も多くなじみやすい印象ですね」

子どもを見守る地域の環境も安心感につながっている。小学校までの道は整備されていて安全。帰宅したお子さんに「今日も無事に帰ってきてくれてよかった」と感じられる日常の一コマが、幸せを実感させてくれるのだとか。
休日は、公園や川沿いをお子さんや愛犬と散歩したり、家族でカフェを巡ったり。スマホを手放し、ただ会話を楽しむ時間が何よりの贅沢だという。
「朝日を浴びて目覚め、夕日を眺めながら庭で食事をし、夜は星を見ながら子どもと語り合う――そんな日常が本当に幸せなんです。
東京まで約1時間半でアクセスできる利便性もあり、仕事でのプロモーション活動にも役立っています。自然と人の温かさ、そして利便性が共存する真岡は、自分の生き方と向き合える場所です。」

職人文化を発信する拠点としての工場とカフェ
戸頃さんが立ち上げたブランド「TMR industries」が手がけた代表的な製品の一つに「L.T.Cooker」がある。雪山登山が趣味の戸頃さんは、厳冬期の山でお湯を沸かすのに時間がかかりすぎることに不便さを感じ、自社の技術を応用して開発に挑んだ。

「登山中、寒さの中でお湯を沸かすのに本当に時間がかかって…。そこから、どうにかならないかと試作を始めました。失敗の連続でしたが、挑戦をやめることはありませんでした」
社内の反対を押し切って導入した特殊な機械を駆使し、試行錯誤を重ねた。数多くの失敗を繰り返しながらも、自社の強みである滑り止め加工を応用することで加熱効率を高める工夫を見出し、製品化に成功。積み重ねてきた努力と粘り強さが、新しいブランドを生み出す原動力となった。
その挑戦の延長線上にあるのが、現在準備を進めている工場併設のカフェだ。ここでは工場で製作したアウトドアグッズを展示・販売し、訪れる若者や全国から足を運ぶファンが、職人の技に直接触れられる場となっている。

真岡市には若者が働ける業種が少ないという課題がある。カフェを立ち上げた理由のひとつに、この課題を解決したいという想いがあった。
「工場を見学したいという声があれば、包み隠さず技術を見せたい。そこから職人に興味を持つ若者が増えてくれればと思っています」
さらにカフェには、大型犬がのびのびと走り回れるドッグランを併設予定だ。小型犬が中心となる施設が多い中で、愛犬のような大型犬も、安心して遊べる場所をつくりたいという。
「カフェの周りは一面田んぼで、その景色がとても気に入っています。地域の人たちと関わりながら過ごせることも、大きな喜びですね」
カフェには地域の人々が気軽に訪れ、交流が生まれる場にもなっている。戸頃さんは、お年寄りから真岡の歴史を聞いたり、有機農家で田植えを手伝ったりするなど、土地や人とのつながりを大切にしながら、職人文化と新しい価値を発信し続けている。


職人文化を未来へつなぐ挑戦
戸頃さんがこれから注力したいと考えているのは、職人文化を次の世代へつなぐことだ。真岡市では若者が働ける業種が限られており、地域に根づいた新しい働き場を生み出すことが課題となっている。
「勉強が苦手でも、技術を身につければ生きていける。その文化を復活させたいんです」
そう語る戸頃さんは、「勉強が苦手な若者を職人に育てるプロジェクト」を立ち上げ、現在は2名の若者を育成中だ。将来的には地域にとどまらず、日本全国へと広げたいと考えている。また、職人として働く人材を育てるだけでなく、自ら経営に挑戦できる若い経営者を増やしていくことも目標に据えている。
一方で、職人の技術継承は依然として追いついていないのが現状だ。その危機感から、同じ志を持つ仲間や経営者を増やすため、メディアを通じた発信にも力を入れている。
「正直者が馬鹿を見ない世界をつくりたい。挑戦を続ければ必ず報われるということを、若者に伝えていきたいんです」

さらに、戸頃さんは真岡市を「いちごと技術の街」として発展させ、次の世代が夢や希望を持てる地域にしていきたいと考えている。職人文化を守りながら、世界に誇る「Made in Japan」を届けることが、自身の使命であると語る。
「ここ真岡は、人と自然が温かい場所です。移住を考えている方は、まずはmonacaに足を運んでみてほしい。世代を問わず過ごしやすく、きっと幸せを感じられると思います」
子育て支援センターや図書館、地域交流センター、カフェなどが入る複合交流施設であるmonacaは、戸頃さんのお気に入りの場所だ。地域の拠点としての存在感があり、人と人をつなぐ役割を果たしている。
次世代の若者が夢や希望を持てる、「いちごと技術」の街に―。その実現に向けて、戸頃さんはこれからも挑戦を続けていく。

PROFILE
有限会社田村工機 COO 専務取締役
戸頃 智浩(ところ ともひろ)さん
茨城県筑西市出身。海の美しさと富士山の姿に惹かれ、静岡県に移住するが、母の体調不良をきっかけに真岡市に移住。家業である有限会社田村工機で職人修行を開始した。2022年、冬山登山での経験から登山用鍋「L.T.Cooker」を開発し、アウトドアブランド「TMR industries」を設立。2024年には工場併設カフェ「Café Terrasse SlowlyLily」を開業し、職人文化の発信と若手育成に力を注いでいる。
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