• 農業は“最高に楽しい接客業”
装飾 装飾 装飾 装飾 装飾 装飾 装飾
  • interview
  • interview
  • interview
  • interview

農のいえ かねこ

金子洋次さん・公乃さん

農業は“最高に楽しい接客業”

金子洋次さん・公乃さん夫妻が、東京から那須町へ移り住んだのは2010年2月のこと。現在では、無農薬・無化学肥料で育てた季節の野菜を一般の家庭に届けるとともに、西洋野菜や野菜の花、あえて小さいサイズで収穫した野菜などを、那須高原のレストランに出荷している。

「この畑から、新たな価値をどんどん提案していきたい」

「アースデイ那須」や「大日向マルシェ」などのマルシェの運営や出店に関わるなかで出会った移住者の先輩や仲間たち、伊王野(いおうの)地区の人たちとのつながりを大切にしながら、理想の農業を追求する二人。これから那須地域で就農する人たちのモデルとなることを目ざして、二人は今日も畑へと向かう。

STORY

野菜の花など、新たな価値を畑から提案

「じつは、この黄色いゴーヤの花も食べられるんですよ」
そう金子洋次さんにすすめられて口に運ぶと、シャキシャキとした食感とともにゴーヤのほのかな苦みが口じゅうに広がった。

小さいサイズで収穫した野菜

東京から那須町に移り住み、新規就農を果たした洋次さん・公乃さん夫妻は、アーティチョークやビーツなどの西洋野菜と、一般的な季節の野菜を無農薬・無化学肥料で栽培。季節の野菜は車で5分ほどにある「道の駅 東山道 伊王野」やマルシェなどで販売。一方、西洋野菜は、主に那須高原のレストランに出荷している。それだけではない。キュウリやインゲンの花をはじめ、あえて小さいサイズで収穫したピーマンやニンジン、オクラなどもレストランに届けている。

野菜畑での作業風景

洋次さん:「例えば、キュウリやインゲンの花はこんなに小さいのに、食べると確かにその野菜の味がする。このギャップが、食べる人の感動につながります。そんなレストランのシェフが求めるものを、畑からどんどん提案していきたい。農地を拡大し生産量を増やすのではなく、今ある畑のなかで新たな価値を数多く創造することで、経営を成り立たせていくことを目ざしています。何よりもこのやり方のほうが楽しいんです!自分たちが種をまき育てたものを、その喜びのまま提案できる。僕は農業のことを、“最高に楽しい接客業”だと思っています」

野菜の収穫作業

最近では、那須高原のレストランのシェフたちが、畑を訪れる機会も増えている。

洋次さん:「実際に畑を見てもらいながら、『ゴーヤの花はこんな料理に使えそう』『小さいキュウリは、このサイズのものがほしい』などシェフと情報交換を行い、僕たちも勉強を重ねていくことで、最終的にレストランで出される料理の質を高めることができます。こんなふうにシェフと連携できるのも、市場には並ばない小さな野菜や花を届けられるのも、物理的な距離が近いからこそ。那須地域には、単に地元産の野菜を使うだけにはとどまらない、“新たな地産地消のカタチ”を生み出せる可能性があふれているんです」

移住者の仲間や、地域の人たちに支えられて

東京にいた頃、洋次さんはアパレルの販売を、公乃さんはスタイリストの仕事を手がけていた。二人のうち最初に移住に興味を持ったのは、公乃さんだった。

公乃さん:「彼の実家が、埼玉県の山に囲まれたところにあって、帰省する度にまわりの自然や生き物たちに癒やされていて。だんだんと自然が身近にあるところで暮らしたいなって思うようになったんです」

公乃さんの笑顔

洋次さん:「僕は、大量に生産して大量に販売するというアパレル業界の仕組みに違和感を覚えるようになり、自分の手で一から育てたものを販売する農業に、漠然と関心を持つようになりました。二人で話し合い、妻の父親が建てた家が那須町にあったこともあり、この地への移住を決意したんです」

2010年2月に移住後、洋次さんは「道の駅 伊王野」(下写真)で、公乃さんは那須高原にある「那須高原HERB’s」というハーブとアロマのお店で働き始める。

洋次さん:「最初に道の駅に飛び込んだのは、直売所で販売を担当させてもらうことで野菜について学びたいと考えたからです。農業について全く知識のない自分をひろっていただき、道の駅のみなさんには本当に感謝しています。ここで働かせてもらえたことで、地域のみなさんに僕たちのことを知ってもらうこともできました」

直売所での洋次さんの笑顔

少しずつ地域に馴染み始めたころ、東日本大震災が発生する。原発事故による影響もあり、農業を諦め那須を離れる人たちがいる中で、二人がここに残る決意をしたのは、移住者の先輩や仲間たち、そして地域の人たちの支えがあったからだ。

洋次さん:「『アースデイ那須』の実行委員を通じて知り合った、隣の芦野地区で地域のハブとなるようなゲストハウス『DOORz』を営む田中麻美さん、佐藤達夫さん夫妻をはじめ(下写真)、アースデイ那須を立ち上げた『非電化工房』の藤村靖之さんや、妻が勤めていた那須高原HERB’sさんを中心に、『那須いろ野菜』というブランドを立ち上げたメンバーたち、震災後、農産物が売れなくなる中で、放射性物質の検査を行ったうえでオーガニック野菜を販売する『大日向マルシェ』を立ち上げた仲間たちなどなど。震災後の困難な状況を乗り越えようと活動する先輩や仲間たちの姿を目にし、みなさんと一緒にこの那須で頑張っていきたいと強く思ったんです」

那須で活動する仲間たち

公乃さん:「伊王野地区のみなさんの支えも本当に心強かったです。例えば震災直後、ガスが使えずに困っていると、地域の方が火鉢に火を起こしてくれたり、発電機を使って井戸の水をくみ上げてくれたり、感謝してもしきれないほど助けていただきました」

就農を目ざす人たちの“モデル”となるために

2011年4月から1年間、洋次さんは栃木県農業大学校が手がける、UIターン者などを対象とした「とちぎ農業未来塾」で研修を受けたあと、有機農家を見学して回り技術を学んだ。さらに、伊王野の地域の人たちからも多くのことを教わった。

洋次さん:「例えば、一般的な種まきの時期は調べることができますが、この地区での適期は教科書にもインターネットにも載っていないんです。だから、道の駅に野菜を出荷しにくる農家の先輩方や、隣のおばあちゃんなどに何度も聞いて、失敗を繰り返しながら年間の栽培スケジュールを組み立てていきました。地域のみなさんは種をくださったり、『この苗はあるけ?』と聞いてくれたり、とても親切に教えてくれて。みなさんから学んだことも、大切に受け継いでいけたらと思っています」

様々な野菜が収穫できる

2012年4月に新規就農してからは、道の駅の直売所で野菜を販売。大日向マルシェやアースデイ那須などに出店するうちに、そこに野菜を買い付けに来ていたレストランのシェフと出会い、だんだんと今のスタイルが形づくられていった。また、オーガニック野菜を求める一般の人とのつながりも広がり、直接「野菜セット」の販売も行っている。このように自分たちならではの農業を追求している二人だが、もちろん壁にぶつかり悩むこともある。

公乃さん:「本当は初夏には梅を漬けたり、冬には大根を漬けたりと、季節に寄り添った暮らしをしたいのですが、畑仕事に追われてなかなか手が回りません。今はまだ『こうなりたい』という暮らしからはかけ離れてしまっているけど、目標を忘れずに現実の問題を一つ一つ解決していきたいです」

洋次さん:「二人で相談して、この夏、はじめて週1日アルバイトの方に来てもらいました。悩んでいても何も始まりません。この那須地域だからこそできる理想の農業と暮らしの両方を実現するために、新たなチャレンジを続けていきたい。そしていつか、自分たちを見て『ここで農業をやってみたい』と思ってくれる仲間が増えていったらいいなと思っています」

那須に移住してもうすぐ6年、二人は今、必死に悩みながら前に進もうとしている。これから那須地域で就農を目ざす人たちのモデルとなるために。

作業に出かける二人

PROFILE

農業は“最高に楽しい接客業”

農のいえ かねこ

金子洋次さん・公乃さん

金子洋次さん 埼玉県出身。東京でのアパレル販売の仕事を経て、2010年2月に那須町へ移住。「とちぎ農業未来塾」で1年間農業を学び、2012年4月に就農を果たす。無農薬・無化学肥料で西洋野菜や季節の野菜など、年間約80品目を栽培。「道の駅 伊王野」にある食事処で週1回ほど、そば打ちも手がける。伊王野地区の消防団にも参加。

金子公乃さん 神奈川県出身。東京でスタイリストとして活動していたが、自然が身近なところで暮らしたいと考えるようになり、洋次さんと那須町に移住。子育てをしながら、農園では主に収穫を担当している。

 

●農のいえ かねこ facebook,instagram

OTHER interview他の先輩移住者の声を読む

魅力を再発見!<br>親子でのびのび高根沢ライフ

魅力を再発見!親子でのびのび高根沢ライフ

小野島 友紀さん・小野島 徹さん

東京から高根沢へ。 家族とともに始まった新しい暮らし 2024年9月、東京都内のマンションを手放し、栃木県高根沢町の実家へ移住した小野島友紀さん。 フリーランスのデザイナーとして活動しながら、夫でお笑い芸人の徹さん、4歳 […]

オーガニックで町につながりを

オーガニックで町につながりを

松原 努(まつばら つとむ)さん

有機農業との出会い 出身は三重県津市。小学校低学年の一時期を岐阜で過ごしたものの、それ以降は大学受験まで三重で育った松原さん。大学進学を機に東京へと上京し、一人暮らしを始めた。 有機農業を志すきっかけとなったのは、自身が […]

次世代の職人を育成し、<br>真岡を「いちごと技術」の街に

次世代の職人を育成し、真岡を「いちごと技術」の街に

戸頃 智浩(ところ ともひろ)さん

家族の縁が導いた、真岡での再出発 茨城県筑西市で生まれ育った戸頃さん。高校卒業後、海の美しさと富士山の姿に惹かれ、静岡県への移住を決意した。 「若いときの勢いでしたね。富士山には一度も登っていませんが(笑)」 静岡での暮 […]

楽しいことに<br>フルコミットする人生を通じて<br>地方の可能性を示したい

楽しいことにフルコミットする人生を通じて地方の可能性を示したい

四十万 直人(しじま なおと)さん

地域活性化を人生の主軸に 東京のIT企業に勤めていた頃の生活を、四十万さんは振り返った。 「仕事に追われる毎日で、休日のために生きているような生活が続いていました。ふと、このままでいいのかなと考えるようになりました」 そ […]

自分を救ってくれた<br />「心のふるさと」を<br />たくさんの人に届けたい

自分を救ってくれた「心のふるさと」をたくさんの人に届けたい

吉田 夏希(よしだ なつき)さん

苦しい状況の先に見つけた 地方移住という選択肢 コロナ禍という厳しい時期に就職した吉田さん。横浜市の実家から都内に通勤し、化粧品研究開発の仕事に携わっていたが、会社の業績悪化により転職を余儀なくされた。神奈川県内の化粧品 […]

Uターン起業で挑む、 <br>小さなまちの大いなる可能性<br>を引き出すまちづくり

Uターン起業で挑む、 小さなまちの大いなる可能性を引き出すまちづくり

高塚 桂太(こうつか けいた)さん

世界を見た末に選んだ、人口1万人のまち バックパッカーとして世界中を旅し、フィリピンへの1年間の交換留学を経験するなど、大学在学中、精力的に活動していた高塚さん。外務省管轄の独立行政法人に内定し、卒業後はタイで日本語教育 […]

暮らしも学びもつながりも。</br>すべてが詰まったジャム作り

暮らしも学びもつながりも。すべてが詰まったジャム作り

五十嵐 洋子(いがらし ようこ)さん

まるでヨーロッパのような、 ゆったりとした暮らし 義理のご両親の健康をサポートするため、野木町に移住した五十嵐さん。父親の仕事の関係で、子どもの頃から国内外さまざまな土地で生活してきたため、野木町は実に11ヶ所目の住まい […]

「地域おこし協力隊」という</br>選択肢で、人生の目標へ

「地域おこし協力隊」という選択肢で、人生の目標へ

武田 真悠香(たけだ まゆか)さん

自然と「住みたいな」と思っていた 京都府出身で、千葉県内の大学に進学した武田さん。 一見、栃木県とはなんの縁もなさそうな武田さんが那須烏山市に移住することになったのは、大学在学中に始めた長期アルバイトがきっかけだった。 […]

那須町について

那須町

那須町は栃木県の北部に位置し、東京都まで約170km、県庁所在地である宇都宮市まで約60kmの距離にあります。
北西部には那須連山の主峰・茶臼岳(1,915m)がそびえ、その南斜面には1,300年以上の歴史を持つ那須温泉郷が、山麓地帯には別荘地やテーマーパーク、那須御用邸などがあります。

高原地帯では傾斜地を利用した酪農が盛んで、中央・東部地区には水田地帯が広がっています。

南東部には、八溝の山並みに抱かれた里山の農村風景が、源義経から俳人松尾芭蕉に至るまでさまざまな史跡とともに広がっています。

那須町の
移住体験プログラム

栃木県移住促進オーダーメイドツアー(移住促進コンシェルジュ) | オーダーメイド

栃木県移住促進オーダーメイドツアー(移住促進コンシェルジュ)

【2025年11月14日(金)~11月15日(土)】好評につき第2弾!「那須暮らしをリアルに体験できる2日間」プログラム開催のお知らせ | パッケージ

【2025年11月14日(金)~11月15日(土)】好評につき第2弾!「那須暮らしをリアルに体験できる2日間」プログラム開催のお知らせ

SUPPORT移住支援を知る

最大100万円+αの移住支援金をはじめ、さまざまな支援制度・補助金をご用意しています。
スムーズにとちぎ暮らしをスタートできるよう、また、移住後に後悔しないよう、
最新の情報をこまめにチェックするようにしましょう!

CONTACT移住について相談する

ちょっと話を聞いてみたいだけの人も、
本格的に移住を相談したい人も、どんな相談でもOKです!
お気軽にご相談ください!