栃木にも素晴らしいものがたくさんある
取材当日の朝、大倉礼生さん、結衣さん夫妻と待ち合わせたのは、宇都宮市の中心部から車で10分ほどの距離にある「BROWN SUGAR ESPRESSO COFFEE」(下写真)。
「ここのコーヒーが本当においしくて、休日にはブラウンシュガーさんか、こちらに豆を卸しているムーンドッグさん(MOON DOGG ESPRESSO ROASTERS)に立ち寄るのが、ルーティーンになっています」(礼生さん)。
休日には出かけることが多いという二人は、おいしいお店があると聞けば、県内外問わずどこへでも足を運ぶ。栃木市でパンを買って、佐野市でコーヒーを飲んで、宇都宮市でランチを食べて……と、1日に5、6軒のお店を巡ることもあるという。
「おいしいものを食べたり、素敵な空間で過ごしたりするのが好きで、楽しいのはもちろんですが、やっぱりいいものに触れると仕事のインプットにもなります。味やサービス、お店づくりなど、『自分はこれができていなかったんだ』とハッと気づかされることも多く、いろんな場所へ出向くのは大切だと実感しています」
そう話す礼生さんは、若いころは「栃木になんて何もない」と思っていたとのこと。けれど、東京で15年以上過ごし、いいものに多く触れた後、栃木県に戻ってみると、地元にも素晴らしいお店や魅力的な人がたくさんいることに気づいた。
「東京だと行列に並んで買うようなおいしいコーヒーが、こっちでは並ばずに買えて、店主との会話を楽しみながらゆっくり味わえる。こんなふうに魅力的な人とつながりやすく、深い付き合いができるのも、戻ってきて感じた栃木の魅力ですね」
まだ世にあまり出ていない燻製料理店を宇都宮に
東京で美容師を経て、駒沢のカフェで働き始めた礼生さんは、料理もサービスも担当し、瞬く間に店長となり、そこで10年にわたり経験を積んだ。
「オーナーが異業種の方だったこともあり、お店のことは任せてくれたのですが、僕は飲食店で修業したわけでもなく、とにかく自分で調べてやるしかなかった。ご飯を食べに行っておいしいと思ったら、『これはどうやってつくるんですか?』と聞いたり、『この音楽は誰のですか?』『この椅子はどこで買ったんですか?』と尋ねたり、そうやって自分がいいなと思ったもの、やりたいことを調べて形にしていくのが楽しくて。20代後半には、もっと自由にできる自分のお店を開きたいと考えるようになったんです」
なかでも惹かれたのが、好きでよく食べに行っていた燻製料理だ。カフェはコーヒーがあったり、食事も出していたりとオールジャンルなところが魅力だが、逆に何か一つに特化した、他にはないようなお店をやってみたいと思うようになった。
「その点、燻製料理は、ソーセージやベーコンなどの一般的な燻製以外は、多くの方がまだ味わったことがなく、未知の領域だと思うんです。燻製なら、まだ世に出ていないような、自分のお店でしか味わえない料理が提供できるのではないか。そう考え、友人の燻製料理店で修業をさせてもらうことにしたんです」
こうして燻製料理を学んだ礼生さんは、2015年に地元の栃木県へUターン。宇都宮市の中心部にあるこの物件と出会い、2016年2月に念願だった「燻製レストラン&バー SMOKEMAN(スモークマン)」をオープンした。
宿泊施設を営む夢に向けて一歩ずつ
お店を開く場所として、東京ではなく宇都宮を選んだのは、なぜですか?
そんな疑問を礼生さんに投げかけると、「僕は、いつかホテルやペンションのような宿泊施設を開くのが夢なんです」と話してくれた。
「その宿泊施設にはカフェやサウナなどもあって1日ゆったりと過ごすことができる、そんな旅の目的地になるような場所をつくりたい。食事を提供して、サウナを楽しんでもらい、心地よい部屋を用意して、翌朝お見送りする。サービス業のなかで、お客さんの1日により深く携われるホテル業がとても面白そうで、独立を考え始めたころからいつかやってみたいと思っているんです」
宿泊施設を開くことを考えたとき、家賃などのコストが多くかかる東京は現実的ではなく、地方で開きたいと考えるように。なかでも、地元の栃木県は東京からのアクセスもよく、宿泊施設を開くにはうってつけの場所だと感じた。こうして礼生さんは、夢への第一歩である燻製料理店を、宇都宮にオープンした。
燻製のメニュー開発は、まるで実験のよう
この日は、特別に厨房の中を見せてもらった。厨房の一角には、特注の大きな燻製器が鎮座。このほか、小型の燻製器や鍋を食材ごとに使い分け、礼生さんは燻製をつくっている。新しいメニューを考案するためには、トライアンドエラーが欠かせない。
例えば、ランチの燻製ハンバーガーは、パティの牛挽肉を燻製しているのだが、温度は何度で、どのくらいの時間、どの木でいぶすかによって、仕上がりが大きく変わってくる。また、パティを燻製するのか、ソースを燻製するのかなど、決められた答えはない。
「だから、試作はまるで実験のようです。失敗することもめちゃくちゃ多いのですが、そのぶん、『これだ!』という味を実現できたときの喜びは大きいですね」
目指すのは、食材そのものの良さを生かしつつ、燻製の香りも楽しめる料理。スモークマンでは、すべてのメニューが燻製料理のため、香りが強くなりすぎないよう絶妙な燻製加減を何度も試作して追求している。
最近では、遠方に住んでいるなどの理由でなかなか来店できない人にも、気軽にスモークマンの燻製料理を楽しんでもらいたいと、オンライン販売にも力を入れている。30度以下で燻製する「冷燻法」という手法で、16時間もかけて燻製したチーズをはじめ、燻製ナッツや燻製オリーブ、燻製牛タンジャーキー、燻製調味料などを販売中。これからは道の駅や百貨店などにも置いてもらえるよう働きかけていこうとしている。
ランチの定番「SMOKEMAN BURGER」(1250円)。パティは牛肉100%に、和牛の牛脂を加えてうま味をプラス。ブリオッシュパンのバンズの甘みが燻製されたパティとよく合う。
東京での経験を活かし、栃木を盛り上げていきたい
休日にはおいしいお店を巡るだけでなく、ゴルフも楽しむ礼生さん。東京にいたころからゴルフはやったことがあったが、本格的にハマったのはUターンしてからだ。
「栃木県内にはゴルフ場が多く、近くて料金も比較的安いので、本当に気軽に楽しめます。僕は、土日に店があるので、友人たちとはなかなか休みが合わないのですが、ゴルフだとみんな日程を合わせて平日に有給を取ってくれて、一緒に遊べる機会が増えました。また、ゴルフを通じて、普段は出会わないような人とのつながりが広がるのもいいですね」
もう一つ、礼生さん、結衣さんが共にハマっているのがサウナだ。栃木県内をはじめ、新潟や東京などのサウナまで出かける“サウナ旅”も楽しんでいる。
「サウナに入ると疲れがすっと取れて、気持ちがリセットできるところが気に入っています」と話す礼生さんは、将来の夢である宿泊施設を手がけるための足がかりとして、現在、地元の塩谷町に貸し切りサウナを開こうと動きはじめている。
「栃木県をはじめとした地方なら、東京と同じ家賃で何倍もの広さの物件が借りられ、やれることの幅も大きく広がります。お金を稼ぐことももちろん大切ですが、僕はそれよりも、やりたいことを我慢せずにできることが何よりも幸せだと思うんです。地方でもレベルの高いものを提供していれば、全国からお客さんが来てくれたり、オンラインで各地へ販売できたりと、大きく広がっていく可能性もあります」
サウナが実現できたら、次はいよいよ念願の宿泊施設の開業にチャレンジしたいと考えている礼生さん。
「東京で15年以上過ごしてきた経験やつながりを活かして、東京と栃木をつなぐハブ的な役割が果たせるような、ホテルとカフェやサウナが一体となった場所をつくり上げたい」
そこには、地域の特産品を販売するコーナーがあって、地元の生産者と東京などの都心部から訪れた人が気軽にコミュニケーションをとることができる。コーヒー店をはじめ、栃木で素晴らしいお店や活動を展開する人たちとコラボしたイベントも定期的に開催されている。そんなワクワクするような場所を形にし、地元・栃木を盛り上げていきたいと礼生さんは考えている。
PROFILE
燻製レストラン&バー SMOKEMAN
大倉 礼生さん
栃木県塩谷町出身。高校を卒業後、東京の美容師の専門学校に進学。表参道の美容室を経て、縁あって当時住んでいた駒沢のカフェで働きはじめ、10年間店長兼、料理長として経験を積む。独立するのであれば、他にあまりない料理に特化したお店を開きたいと、友人の燻製料理店で修業し、2015年に栃木県へUターン。2016年2月に「燻製レストラン&バー SMOKEMAN」を宇都宮市にオープンした。奥さんの結衣さんは日光市の出身で、駒沢のカフェで結衣さんがアルバイトを始めたことをきっかけに知り合った。その後、宇都宮に戻り別の仕事に就いていた結衣さんに、スモークマンを立ち上げようとしていた礼生さんが声をかけ、一緒に働き始める。それが縁となり、2020年に結婚。今後は、出身地の塩谷町に貸し切りのサウナを開き、さらにサウナやカフェが一体となった宿泊施設をオープンするのが大きな目標だ。 https://www.smokeman.restaurant/