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Waffle Coffee 店主

関 恒介さん

ほっと、リセットできる場所に

佐野駅の南口を出て、しばらく歩いていくと、アメリカの古い映画から飛び出してきたかのような、やさしいグリーンの建物が見えてくる。

ここは、千葉県柏市から移住した関恒介さんが、1年かけてDIYで改装を行い、2016年4月に開いたコーヒーと焼き菓子のお店。

「SLOW POKE」(のろまの意味。「せかせかせずに、のんびり行こう」という思いを込めて)と書かれたドアを開けて、さあ、店内へ入ろう。

STORY

〝自分勝手〟に生きることが大事なんだ

Waffle Coffee

 

「みんな、人のために生きすぎなんじゃないかな」

店主の関さんは、コーヒーを淹れながら、そう話す。

「カウンターのこっちに立つようになって思うのは、まずは自分自身が楽しく、家族が幸せに暮らしていないと、お客さんを笑顔にできないということ。間違っているかもしれないけど、今は〝自分勝手〟に生きることが大事なんだと思っています」

例えば、小学4年生の娘さんに、「仕事が終わったら、すぐに帰ってきてね!」と言われたとしても、お店の片付けが終わったあと、30分好きな音楽を聴いてから帰宅する。そうやって少しだけ自分を大切にすることで、いつも穏やかに笑顔で過ごすことができる。

「このお店が、お客さんにとって、そんな息抜きの場所になっていたら嬉しいですね。Waffle Coffeeに寄ってから帰ったことで、家でもニコニコ過ごせたと言われるような場所に」

コーヒー屋で働く人たちが、みんないい顔をしていたんです

関さんは、千葉県柏市の出身。20代前半の2年間を、学生としてロサンゼルスで過ごした。音楽に熱中し、レコードを買いあさる日々。そして帰国後は、ミュージシャンとしてCDを出す傍ら、会社員としてのわらじも履き、仕事を続けてきた。そんな関さんが移住を考え始めたのは、2011年ころのことだ。きっかけは大きく二つある。

「そのころ、ワーゲンに乗って日本を一周したいと言っていた祖父や、アメリカを横断したいと話していた母などの身内が、立て続けに亡くなってしまって。やりたいことは後回しにせずに、今を大切に楽しく生きなくては、と強く思ったんです」

もう一つは、会社員の仕事で、壁にぶつかっていたことがある。

「僕は、自分で言うのもなんですが、会社員としては本当に仕事ができなくて。自分では頑張っているつもりでも、いつも年下の上司に怒られていました」

当時も、しょっちゅうアメリカを訪れていた関さんは、滞在中、よくコーヒーショップに立ち寄っていた。

「コーヒー屋で、働いている人たちの顔を見ると、チェーン店で働く人たちよりも、個人でお店をやっている人たちのほうが、みんないい顔をしていたんです。やらされているのではない。ニコニコ楽しそうに仕事をしている。そんな姿を目にして、自分も好きなこと、得意なことで勝負しようと決意しました」

関さん

コーヒーは、もともと好きで、自分で工夫しながら淹れていた。焼き菓子やケーキは、日本ではなかなかアメリカで食べた味に出会えず、ないなら自分でつくろうと家で焼いていた。器やアンティークも好きで集めていて、自宅はDIYで改装していた。

「そうやって、自分が情熱を注げるものを集めていったら、自然と今のコーヒーと焼き菓子のお店にたどり着きました」

コーヒー

NYのブルックリンのような、ポテンシャルを感じて

お店を開く場所を探して足利市なども見て回ったが、佐野市を選んだ理由は、「適度に街で、適度に田舎で、交通の便もいい」ところ。奥さんの実家の群馬県館林市に隣接しているところ。「佐野の人は穏やかで、やさしい」ところなどが決め手に。

「うまく言えませんが、なんか好きだなぁって感じて。ここが、自分たちの暮らしにフィットしたんです」

関さん

さらに、佐野の街にポテンシャルを感じたのも、大きな理由だ。

「ポートランドやニューヨークのブルックリン、ロサンゼルスのダウンタウンなど、僕がアメリカにいたころには、今のように注目を集める街になるとは、想像もつかなかった。それが、物価や家賃が安いからと、アーティストやクリエイターたちが集まってきて、コーヒーショップや古着屋、レコード屋など、感度の高いお店がどんどん誕生していった。佐野にも、そんなポテンシャルを感じたんです」

このコンビニだった物件は、よく足を運んでいた「自家焙煎 福伝珈琲店」(Waffle Coffeeの2軒隣で、コーヒー豆は福伝珈琲店から仕入れている)の店主が紹介してくれた。それを、約1年かけてDIYでリノベーション。1900年代初頭の古き良きアメリカの空気に満たされた、Waffle Coffeeが誕生したのは、2016年4月のことだ。

店内の様子

佐野の居心地が良すぎて、家も買っちゃいました

「こないだ気づいたら、『きな粉のマフィン』をつくっていて。これはそろそろアメリカに行かなくちゃダメだなと思って(笑)」

そう話すように、関さんは今でも定期的にアメリカを訪れ、ベーカリーやコーヒーショップを巡り、実際に食べておいしいと感じた焼き菓子やケーキを、甘さやスパイスを少し抑えるなど、日本人の口に合うようにアレンジして提供している。素材は、娘さんにも安心して食べさせられるものを基準にセレクト。フルーツなどの盛り付けは、あえて綺麗に行わず、アメリカのラフな雰囲気を再現している。

ケーキ

「そうやってつくった焼き菓子を、おいしいと言ってもらえたとき、喜んでもらえたときが、何よりも嬉しいですね。また、お客さんから『福伝さんとうちと、今日はどっちに行こうかと迷えるのがありがたい』と言ってもらえたときも嬉しかった。そうやって訪れるお店の選択肢が、もっともっと佐野に増えていったらいいですね」

お店を訪れる若い人たちから、「自分もお店を開きたい」と相談をされることもある。

「そんなときは、『佐野は東京などの都市部に比べて家賃が安く、クリエイティブなことにも挑戦しやすいんだから、どんどんやるべきだよ!』って、もう何人もの背中を押しています」

さらに週末には、若い人たちがお店に来やすいよう、同世代の若いスタッフに、なるべくお店に立ってもらうようにしている。

「そうやって微力ながらも応援していくことで、若い人たちが新たなお店を立ち上げ、また次の世代の子たちの背中を押して……と、佐野に魅力的なお店が、どんどん増えていったら楽しいだろうなって」

実は、関さんは、佐野市内に1960年代に建てられたプール付きのもと別荘を格安で購入し、現在、自宅へとリノベーション中だ。

「これこそが、まさに佐野の住みやすさの証! この街が気に入らなければ、家は買わないですから(笑)」

PROFILE

ほっと、リセットできる場所に

Waffle Coffee 店主

関 恒介さん

千葉県柏市出身。学生時代の約2年をロサンゼルスで過ごし、帰国後はミュージシャンとしてCDを出す傍ら、会社員としても働く。その会社を退職し、家族で佐野市へ移住。約1年かけて自らの手で、アメリカのアンティークなどを生かしながら物件を改修し、2016年4月に「Waffle Coffee」を開店。開業にあたっては、佐野市の空き店舗活用の助成制度も利用した。「佐野へ移住してから、夫婦喧嘩がすっかり減りました。家族が幸せに、心穏やかに過ごすことができる。それが一番重要だと思っています」(関さん)。

 

●Waffle Coffeehttps://www.facebook.com/Waffle-Coffee-474942906023935/

 

取材・文:杉山正博  写真:アラタケンジ

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佐野市は関東平野の北端、栃木県の南西部に位置し、東京から70km圏内にあります。
高速バスや新幹線を利用すれば、都心まで約90分の近さです。

北部から北東部、北西部にかけては緑豊かな森林や美しい清流に恵まれた中山間地域、南部と西部は住宅や産業基盤が集積する都市的地域と農業が展開する地域となっています。
国道50号と東北自動車道が交差する佐野新都市地区には、アウトレットやショッピングセンターなどの大型商業施設が進出し、関東一円から多くの人が訪れています。

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